クロワッサンシカゴのねごと

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人は誰も世界と無関係でいることは出来ない

「人は誰も世界と無関係でいることは出来ない」

これは映画「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」のテーマである。正直この映画を当時鑑賞した際は好きでも嫌いでもなく(舞台設定は好き)、それなりに面白かったという印象で、今でもDVDを時たま見返す気になる程度なのだけど、それでも当時から印象に残っているセリフがある。

劇中で呟かれる「生きている限り永遠に世界と無関係でいることなんて出来ない」というエドの言葉。水島精二監督もこの言葉にはとても思い入れがあるとどこかで見ましたが、わたしもとても良いセリフだと感じます。

メディア・ニュース・SNSで流れる様々な事象を単純に「わたしとは一切関係がない」と切り捨てるべきではない。(かといって出しゃばる必要はない)

これは特に表現することが多い自分自身に何度も言い聞かせることだけれど、自分の作った作品を見聞きした受け手はどんな些細なレベルにせよ、わたしの作品に何かしらの影響を受けることになる。それは喜びかもしれない、しかし怒りかもしれない。それは逆も然り、わたしも様々な作品や情報から影響を受けている。それは無意識的なものだから特段これから意識する必要もないだろうが、送り手として表現をする上での訓辞として忘れないでいたい。受け手になった際も、揺さぶられようとも軸をしっかりしておく心づもりは必要だ。

SNSの普及により、誰もが送り手となった。けれども、みんながみんな送り手としての意識を持ち、行動や発言をしているわけではない。反芻することなく呑み込んだ情報を垂れ流すだけでは送り手とは言えない。それが炎上に繋がってしまうこともあるだろう。

送り手にその意図が無かろうが、受け手の捉え方によっては反発を受け、とても大きな理不尽が襲うかもしれない。もちろんそれに反応する必要はない。だが、表現をすることというのはそれだけ周りに影響を与えることだということを忘れないこと。そして理不尽に屈することなく、己の表現を続けていくこと。受け手あっての送り手と理解しつつも、表現者としての傲慢さは捨ててはいけないものだと思う。

近頃は悲しいニュースばかりだが、それに影響を受けすぎて自分自身の軸がズレてしまわぬように。苦しいが堪えなければならない。自分が今できることが何かを考える。どうしようもない理不尽と向き合った際、何をするべきか。わたしは曲を作る。